最近、ウェブの世界を揺るがす大きな衝突が起こりました。インターネットのインフラを支えるCloudflare(クラウドフレア)と、新進気鋭のAI検索エンジンPerplexity AI(パープレキシティAI)との間の争いです。
「なんだか難しそうな技術の話?」と感じるかもしれません。でも、これはウェブ上でコンテンツを制作し、発表している私たちクリエイター全員にとって、決して他人事ではないのです。ブログ記事、イラスト、ポートフォリオサイト、そのすべてがこの渦中にあります。
この一件は、AIが進化する中で、これまで私たちが当たり前だと思っていたウェブの「暗黙のルール」が通用しなくなりつつある現実を、はっきりと見せつけました。これは単なる2企業間の争いではなく、ウェブの「オープンさ」という理念そのものをめぐる代理戦争の様相を呈しています。自分の作品(コンテンツ)が、AIによってどのように扱われるのか。その価値は誰が、どうやって決めるのか。そして私たちは、この新しい時代にどう向き合っていけばいいのでしょうか。
今回の紛争を紐解くことで、AI時代を生き抜くための重要なヒントが見えてきます。これは未来の働き方、クリエイションのあり方を考える上で非常に大切な話です。
この記事で分かること📖
💥 事件の核心:ウェブの「門番」Cloudflareと「破壊者」Perplexityは、一体なぜ、何を巡って争っているのか?
🤖 AIの「裏側」:AIは情報をどう見ている?「ステルスクローリング」と「ユーザー主導エージェント」の主張の違いとその妥当性。
📜 ウェブの掟の崩壊:これまでウェブ秩序を支えてきた「紳士協定」はなぜAIの前で揺らぎ、「法典化」へと向かっているのか?
⚖️ 法律と現実:AIによる情報収集は「違法」なの?クリエイターが知っておくべき法的な現在地と、争点の変化。
💰 経済の大転換:あなたのサイトへのアクセスが激減する?AIがもたらす「経済的インパクト」と、「質の高いトラフィック」という新たな収益の可能性。
🤔 未来への選択:この大きな変化の波の中で、私たちクリエイターが今から考え、行動すべきこと。
事件の概要:CloudflareとPerplexity AIの衝突

まず、一体何が起こったのかを整理しましょう。この物語の登場人物は、ウェブの世界でそれぞれ重要な役割を担う2つの企業です。
- Cloudflare:インターネットの交通整理やセキュリティを担う「門番」のような存在です。世界中の多くのウェブサイトが、同社のコンテンツデリバリーネットワーク(CDN)やDDoS攻撃対策サービスを利用してサイバー攻撃から身を守り、表示速度を上げています。「より良いインターネットの構築」を使命に掲げる、ウェブサイト運営者(つまり、私たちクリエイターも含む)の味方、という立場です。
- Perplexity AI:2022年に設立された、急成長中の挑戦者です。従来の検索エンジンのようにリンクの一覧を表示するのではなく、ユーザーの質問に対してAIがウェブ上の情報を要約し、出典を明記した直接的な「答え」を生成する「アンサーエンジン」を掲げています。情報を探す手間を劇的に効率化する、まさにAI時代の「破壊者」と言える存在です。
Cloudflareの告発:ルール違反のステルス収集者
紛争の口火を切ったのはCloudflareでした。同社には、顧客であるウェブサイト運営者たちから、多数の苦情が寄せられていました。「Perplexity AIからのアクセスを拒否する設定をしているのに、なぜかアクセスされ続けている」というのです。
ウェブサイトには通常、「robots.txt」というファイルが置かれています。これは、サイトを訪れる検索エンジンなどのプログラム(ボットやクローラーと呼ばれます)に対して、「このページは見ないでください」「このデータは持って行かないでください」とお願いするための、いわば意思表示の看板のようなものです。
多くのサイト運営者は、この看板やファイアウォールのルールを使ってPerplexityからのアクセスを拒否していました。しかし、Perplexityはその意思表示を無視し、情報を収集し続けている、というのが苦情の趣旨でした。
事態を重く見たCloudflareは、この報告を裏付けるための検証実験を行いました。その手法は、検索エンジンに登録されておらず、外部からは発見できない、全く新しいドメインを複数作成するというものです。これらのドメインには、すべてのボットのアクセスを厳しく禁止するrobots.txtとファイアウォールルールを設定。その上で、Perplexityに対してこれらのドメイン上のコンテンツに関する質問を投げかけたのです。
実験の結果、CloudflareはPerplexityがブロック設定を回避するために、まるで忍者(ステルス)のように姿を隠して情報を集めている、と結論づけました。
Cloudflareが指摘した具体的な手法は、次のようなものでした。
🕵️ ユーザーエージェントの偽装:プログラムがウェブサイトにアクセスする際、「私はGoogleの検索ロボットです」「私はPerplexityです」といった自己紹介情報(ユーザーエージェント)を送ります。Perplexityは、公式の自己紹介でアクセスを拒否されると、今度は「macOSでChromeブラウザを使っている、ごく普通の人間です」と名乗り、人間ユーザーのふりをしてアクセスしてきた、とCloudflareは主張しています。
🔄 IPアドレスのローテーション:アクセス元の住所のようなものであるIPアドレスを次々と変えることで、特定の住所からのアクセスをブロックする設定をすり抜けていました。
🌐 ASNの難読化:さらに、リクエストが異なるネットワーク(ASN:自律システム番号)から送られてくることで、その出所を特定することをより困難にしていました。
Cloudflareは、こうした行為が「数万のドメインにわたり、1日あたり数百万のリクエスト」という大規模なものであり、「悪意のあるボットやハッカーの行動に類似している」と厳しく非難。Perplexityを「認証済みボット」のリストから削除するという強硬な措置に踏み切りました。
Perplexityの反論:それは誤解だ。私たちはユーザーの代理人
これに対し、Perplexityは猛反論します。彼らの主張の核心は、「Cloudflareは、現代のAIアシスタントの仕組みを根本的に誤解しており、私たちの活動を従来のウェブクローリングと混同している」という点にあります。
Perplexityは、自分たちの情報収集は、Googleなどがウェブ全体を網羅的に記録しておくために行う「ウェブクローリング」とは全く異なると主張します。彼らのシステムは、「ユーザー主導のエージェント」である、と。
これはどういうことでしょうか。Perplexityの言い分はこうです:
「私たちのAIは、闇雲に情報を集め回っているのではありません。ユーザーが『〇〇について教えて』と具体的な質問をした、その瞬間に初めて、その答えを探すために必要な情報だけをウェブからリアルタイムで取得しに行きます。これは、ユーザー本人がブラウザでページを見る行為を、AIが代行しているに過ぎません。人間のアシスタントが頼まれた資料を探しに行くのと同じです。だから、従来のボットとは扱われるべきではないのです。」
さらに、技術的な反論として、Cloudflareが観測したトラフィックの多くは、自分たちのものではなく、BrowserBaseという第三者のサービスから来たものが誤って認識された結果だと主張しました。Perplexityによれば、同社がこのサービスを利用するのはごく一部(1日45,000リクエスト未満)であり、Cloudflareが主張する数百万規模のリクエストはPerplexityとは無関係だと反論したのです。そして、Cloudflareのレポートを「宣伝目的のスタント」であり、「恥ずべきレベルの失敗」だと痛烈に批判しました。
注目ポイント📌
🔥 争点の核心:この対立の根っこにあるのは、「AIエージェントは、人間ユーザーとして扱われるべきか、それとも自動化されたボットとして扱われるべきか」という、ウェブの根幹に関わる問いです。
🕵️ Cloudflareの主張:Perplexityは、サイト運営者の意思を無視し、ユーザーエージェント偽装やIPローテーションといった手法で正体を隠して情報を収集する「ステルスクローラー」である。
👨⚖️ Perplexityの主張:私たちの活動は、ユーザーの質問に答えるための正当な代理行為(ユーザー主導エージェント)であり、従来のボットとは違う。Cloudflareの分析は第三者のトラフィックを誤認している。
なぜ両者は衝突したのか?ビジネスモデルの根本的な対立
この技術的な応酬の裏には、両社のビジネスモデルから来る、もっと根源的な対立が存在します。それぞれの立場を理解すると、なぜこの衝突が必然だったのかが見えてきます。
Cloudflareの立場:ゲートの守護者、そして新たな支配者へ

Cloudflareのビジネスの根幹は、顧客であるウェブサイトの安全とパフォーマンスを守ることにあります。個人サイトから大企業まで幅広い顧客に対し、無料プランと有料のサブスクリプションを通じてサービスを提供しており、顧客が「Perplexityをブロックしたい」と望むなら、そのブロックが確実に機能することを保証するのは、セキュリティ企業として当然の責務です。信頼を維持するためには、Perplexityの回避行動を看過できなかったのです。
しかし、Cloudflareの動機はそれだけではありません。同社は、AIがもたらす変化を、新たなビジネスチャンスと捉えています。
AIによる情報収集が活発化すれば、サイト運営者は「どのAIにならデータを提供してもいいか」「提供するなら、いくらで提供するか」を管理する必要が出てきます。Cloudflareは、まさにそのためのインフラを提供しようとしているのです。
同社は単なる「守護者」から、AI時代のデータ取引における「料金所」や「市場の運営者」へと、その役割を戦略的に拡大しようとしています。例えば、望まないAIからのアクセスを遮断する高度なツールや、サイト運営者がAI企業にデータアクセスを有料で販売できるマーケットプレイス構想「Pay Per Crawl」を打ち出しています。
今回のPerplexityへの告発は、「皆さん、こんな危険なAIがいるでしょう?私たちの新しいサービスがあれば、これをしっかり管理して、しかも収益に変えられますよ」という、非常に効果的なマーケティングとしても機能したわけです。Perplexityのデータへの渇望が、皮肉にもCloudflareの新サービスの市場を生み出しているのです。

Perplexityの立場:ウェブの常識を覆す積極的な破壊者

一方のPerplexityにとって、ウェブ上の情報へ継続的かつ自由にアクセスできることは、まさにビジネスの生命線です。彼らが提供する「アンサーエンジン」の価値は、リアルタイムで正確な情報に基づいた質の高い回答を生成できるかどうかにかかっています。収益は、より高性能なAIモデルを使えるProプランなどから得ています。
もし、多くのウェブサイトがPerplexityからのアクセスをブロックしてしまえば、回答の質は著しく低下し、製品の競争力は失われます。Googleなどの巨大なライバルと戦う新興企業として、彼らはベンチャーキャピタルから多額の資金を調達し、「とにかく早く成長し、市場シェアを奪え」という強いプレッシャーの中にいます。
その成長戦略は非常に積極的です。金融、ショッピング、旅行といった新たな専門分野への進出、AIアシスタントや独自のウェブブラウザ「Comet」といった新製品の投入、そしてAirtel、Samsung、Xfinityといった大手通信・テクノロジー企業との提携による積極的なユーザー獲得など、矢継ぎ早に手を打っています。実現可能性はさておき、Google Chromeに対して345億ドルという大胆な買収提案を行ったことは、インターネットへの主要なアクセスポイントを支配しようとする同社の野心の大きさを物語っています。
この「成長至上主義」が、彼らをより積極的なデータ収集戦略へと駆り立てます。法的拘束力のないウェブの「紳士協定」を守ることよりも、ビジネスの存続と成長に必要なデータを確保することを優先する、という経営判断につながった可能性は十分に考えられます。
事実、過去にもForbesやWIREDといったメディア、そして個人の開発者からも、robots.txtを無視しているのではないかという同様の批判を受けてきた経緯が、その姿勢を裏付けています。


注目ポイント📌
🛡️ Cloudflareの動機:顧客保護という信頼性の維持と、AI時代のデータアクセス管理という新たな巨大市場の創出。Perplexityの存在は、その新サービスの必要性を証明する格好の材料。
🚀 Perplexityの動機:「アンサーエンジン」としての価値を保つため、ウェブデータへの無制限アクセスが不可欠。成長への強いプレッシャーが、時に攻撃的とも言えるデータ収集戦略につながっている。
💥 衝突の必然性:ウェブサイトを守り、データアクセスを管理・収益化したいCloudflareと、ウェブデータに自由にアクセスしてビジネスを成長させたいPerplexity。両者のビジネスモデルは、根本的に相容れないものだったのです。
ウェブの「紳士協定」はもう古い?robots.txtの限界と「法典化」への道
今回の紛争で浮き彫りになったのが、これまでウェブの秩序を支えてきた「robots.txt」という仕組みの限界です。私たちクリエイターが、自分のサイトのコンテンツがどう扱われるかを考える上で、この点を理解しておくことは非常に重要です。
守られる保証のない「お願い」

前述の通り、robots.txtはウェブサイト側からの「お願い」の看板です。1990年代、まだウェブが牧歌的だった時代に、「行儀の良い」検索エンジンなどが従うべき自主的な基準として作られました。
重要なのは、この「お願い」には法的な拘束力が一切ないということです。看板を無視して立ち入ったとしても、それ自体が法律違反になるわけではありません。あくまで、ウェブコミュニティにおける「紳士協定」であり、その有効性は相手の良心に委ねられているのです。
これまで、Googleをはじめとする主要な検索エンジンはこの協定を尊重してきました。それは、ウェブサイト運営者との信頼関係、いわばウェブの「社会的契約」を損なえば、長期的には自分たちのビジネスにも悪影響が及ぶことを理解していたからです。
AIが突きつけた新たな現実:「法典化」への移行
しかし、膨大なデータを「燃料」として成長するAI企業の登場が、この長年の慣習を揺るがしています。Perplexityが「私たちは従来のボットとは違う」「ユーザーの代理人だ」と主張するのは、この紳士協定が作られた時代には想定されていなかった新しい存在であることを根拠に、ルールの適用範囲から外れようとする試みです。
彼らの主張は一見、説得力があるように聞こえるかもしれません。しかし、技術的な観点から見ると、その正当性は揺らぎます。ユーザーからの質問がきっかけになっている点は事実だとしても、その要求を満たすために使われる手段、特にサイト側からブロックされたことへの応答として、身元(IPアドレスやユーザーエージェント)を変えてアクセスし直す行為は、意図的な回避策の典型的な特徴です。私たちが普段使っているウェブブラウザは、アクセスを拒否されたからといって、そのような振る舞いをすることはありません。
つまりPerplexityの弁明は、「目的」(ユーザーに答える)と「手段」(回避技術を使う)を意図的に混同させることで、自らの行動を正当化しようとしているのです。これはネットワークの専門家から厳しい目が向けられる論法です。
この紛争は、インデックス作成のための一般的なクローリングと、リアルタイムの回答のための特定のユーザーからの情報取得を、標準化された方法で区別する仕組みが存在しないという、ウェブ標準の重大なギャップを露呈させました。robots.txtという30年前のルールは、AIエージェントという未知の船の振る舞いを想定して作られていなかったのです。
この状況は、ウェブの暗黙のルールが、より明確で技術的な裏付けのあるルールへと移行するプロセス、いわば「法典化」を加速させています。つまり、これまでの「守ってくれると嬉しいな」という性善説に基づいたお願いから、「技術的に守らせる、契約で縛る」という、より強固なルール作りへと変わろうとしているのです。
CloudflareがIETF(Internet Engineering Task Force)のような標準化団体と共に、暗号技術を用いたボット認証(Web Bot Auth)など、より厳格な新しい標準の策定を呼びかけているのは、まさにこの流れの表れです。
注目ポイント📌
🤝 robots.txtの本質:法的な強制力はなく、あくまで相手の良心に依存する自主的なルール(紳士協定)。
💨 AIによる形骸化:PerplexityのようなAI企業は、自らを従来のボットとは異なる存在と定義し、この古い協定の適用を回避しようとしている。
⛓️💥 ウェブ標準のギャップ:インデックス用とリアルタイム回答用など、AIの情報収集目的を区別する標準がなく、robots.txtでは対応しきれない。
📜 ルールの再設計:紳士協定が通用しない時代を迎え、データアクセスに関するより明確で技術的な裏付けのある新しい標準(法典化)が必要とされている。
「無断転載」とは違う?スクレイピングをめぐる法律の話

「サイトの意向を無視して情報を取っていくなんて、無断転載と同じで違法じゃないの?」
多くのクリエイターがそう考えるのは、ごく自然なことです。 ところが、ウェブスクレイピング(プログラムによる情報収集)をめぐる法的な状況は、私たちの直感よりもはるかに複雑なのです。
鍵となるアメリカの法律と判例
ウェブスクレイピングの是非が争われる際、アメリカでは主にCFAA(コンピュータ詐欺・濫用防止法)という法律が焦点となってきました。これは元々、ハッキングを取り締まるための法律で、「権限なく」コンピュータにアクセスすることを禁じています。
この法律の解釈をめぐって、近年、非常に重要な判例がいくつか出ています。
- Van Buren v. U.S.:この最高裁判決は、CFAAの解釈に「ゲートが上がっているか、下がっているか」という比喩を導入しました。データが一般に公開されている場合(「ゲートが上がっている」状態)、たとえサイト所有者が好まない目的であっても、そのデータにアクセスすること自体はCFAA違反にはあたらない、と示唆したのです。
- hiQ Labs v. LinkedIn:この裁判で、データ分析企業のhiQは、ビジネスSNSであるLinkedInの公開プロフィール情報をスクレイピングしていました。LinkedInはhiQに停止を要求しましたが、裁判所は「一般に公開されている情報へのアクセスは、CFAAが禁じる『権限なきアクセス』には当たらない」という判断を繰り返しました。
クリエイターにとっての意味合い
この法的な現実は、私たちにとって何を意味するのでしょうか。
Perplexityがアクセスしているのは、多くの場合、パスワードなどで保護されていない公開ページです。現在の判例に従えば、たとえサイト側がrobots.txtで「来るな」と意思表示していても、そのページにアクセスする行為自体を「違法なハッキングだ」と断じるのは困難です。
もちろん、収集したコンテンツの「使い方」が著作権侵害にあたる可能性はあります。例えば、ニューヨーク・タイムズ社がOpenAIを訴えている裁判は、まさにAIによるコンテンツの利用が著作権法に抵触するかどうかが争われています。しかし、情報を収集する「入り口」の段階で法的に止めることは、ハードルが高いのが実情です。
この状況が、PerplexityのようなAI企業にとって、積極的なデータ収集を後押しする一因となっています。公開データを収集することに対する最も厳しい法的リスク(CFAAによる刑事罰など)が低いとみられるため、「まずはデータを集める」という行動に走りやすくなるのです。彼らにとって、個々のサイト運営者から起こされるかもしれない民事訴訟は、包括的なデータを持つことの競争上の利益と天秤にかけた上で、受け入れ可能な「計算されたリスク」と見なされている可能性があります。
紳士協定が機能しなくなり、法律も追いついていない。この真空地帯で、アクセス許可を金銭取引に変える商業的なルール(Cloudflareの「Pay Per Crawl」など)や、信頼を技術的な証明に置き換える技術的なルール(ボットの暗号認証など)作りが始まっているのが、今なのです。
注目ポイント📌
🔓 公開情報の原則:現在の米国の司法判断では、パスワードなどで保護されていない「公開情報」をプログラムで収集する行為自体を、直ちに違法とすることは難しい傾向にある。
⚖️ CFAAの限界:ハッキング対策法であるCFAAは、公開ウェブページのスクレイピング問題に対して、万能の武器とはなっていない。
🤔 争点のシフト:法的な争点は、情報を収集する「アクセス行為」そのものから、収集した情報をどう「利用」するかが著作権侵害にあたるか、という点に移りつつある。
💡 AI企業の論理:最も厳しい法的リスクが低い現状では、データ収集による利益が、個別の民事訴訟のリスクを上回ると判断されやすい。
私たちのコンテンツの価値はどうなる?AIが変えるウェブの経済

この紛争が私たちクリエイターに突きつける最も深刻な問題は、自分たちが生み出すコンテンツの価値が、今後どうなっていくのか、という経済的な問題です。
「クリックスルー経済」の終わりのはじまり
これまで、ウェブの生態系は、検索エンジンと私たちコンテンツ制作者との間の、ある種の共生関係で成り立ってきました。
- 私たちがブログ記事や作品を公開する。
- Googleなどの検索エンジンがそれを見つけ、検索結果に表示する。
- ユーザーが検索結果のリンクをクリックし、私たちのサイトを訪れる(トラフィックが発生)。
- 私たちは、そのトラフィックを広告収入や商品の販売、サブスクリプションなどによって収益に変える。
この「検索して、クリックして、サイトを訪れる」という流れ、いわゆる「クリックスルー経済」が、多くのクリエイターの活動を支えてきました。
しかし、Perplexityのような「アンサーエンジン」は、この循環を根底から断ち切ります。ユーザーが何かを質問すると、AIは様々なサイトから情報を集めて要約し、その場で「答え」を提示してしまいます。ユーザーは、わざわざ元のサイトを訪れる必要がなくなります。
これは、私たちのサイトへのトラフィックが激減することを意味します。トラフィックが減れば、広告収入は失われ、ビジネスモデルそのものが成り立たなくなるかもしれません。CloudflareのCEOが、この状況をパブリッシャー(コンテンツ制作者)にとっての「存亡の危機」と表現したのは、決して大げさではないのです。
新たな価値の指標:「質」の高いトラフィック
では、もう希望はないのでしょうか?実は、少し違う未来を示唆するデータも出始めています。
Profoundという分析プラットフォームからの新しいデータは、AIアシスタントから送られてくるユーザーが、従来のオーガニック検索トラフィックよりもはるかに高い確率で行動を起こすことを明らかにしました。そのデータによると、Google検索経由のコンバージョン率(商品購入や会員登録などに至る割合)が1.7%だったのに対し、Perplexity経由では9.5%にも達したといいます。
これはなぜでしょうか。AIと対話する中で、ユーザーはすでにある程度の情報収集や比較検討を終えています。その上で、最終確認や購入のためにリンクをクリックする場合、その目的意識は非常に明確で、行動への意欲も高い状態にあると考えられます。
つまり、AIがもたらすトラフィックは、「量」は少なくなるかもしれないけれど、その「質」は非常に高い可能性があるのです。これは、クリエイターにとっての経済的な計算が、単純な広告収入の損失だけでは測れないことを意味します。質の高い見込み客を呼び込めるのであれば、それは新たなビジネスチャンスになり得ます。AIエージェントをただブロックするのではなく、むしろ惹きつけて収益化するという、新しい戦略を立てるビジネス上の理由がここにあるのです。
「ライセンス化されたウェブ」の胎動
この大きな変化の中で、新しい経済モデルが生まれようとしています。それは、人間の注目(広告)をお金に変えるモデルから、機械(AI)によるデータアクセスそのものをお金に変えるモデルへの転換です。
すでに、ニューヨーク・タイムズ社とAmazon、ワシントン・ポスト紙とOpenAIなど、大手報道機関がAI企業とデータ利用に関するライセンス契約を結ぶ動きが加速しています。Perplexity自身も、一部のパブリッシャーと提携し、コンテンツ利用料を支払うプログラムを開始しました。
これは、「無断で持っていく」のではなく、「正当な対価を払って利用させてもらう」という、合意に基づく関係への移行です。Cloudflareが構想する「Pay Per Crawl」のような仕組みは、この新しいデータ市場のためのインフラと言えます。同社は、自身をこの新しい経済の「中央銀行」あるいは「証券取引所」として戦略的に位置づけ、データ取引を仲介することで手数料を得る、不可欠な存在になろうとしているのです。
注目ポイント📌
📉 存亡の危機:AIアンサーエンジンは、サイトへのトラフィックを奪い、広告収入に依存する従来のビジネスモデルを破壊する可能性がある。
💎 質の高いトラフィック:一方で、AI経由のユーザーは目的意識が高く、商品購入などの行動に結びつきやすい。量の減少を質の向上でカバーできる可能性がある。
💴 新しい経済圏:人間の「注目」ではなく、AIによる「データアクセス」自体を収益化する動きが活発化。コンテンツのライセンス販売が、クリエイターの新たな収益源になるかもしれない。
🏦 インフラの役割:Cloudflareのような企業は、この新しいデータ市場の「取引所」として、アクセス管理と収益化の仕組みを提供しようとしている。
クリエイターはどう向き合うべきか?未来への3つのシナリオと私たちの選択

このCloudflare対Perplexity紛争は、ウェブの未来がどうなるか、いくつかの可能性を私たちに示しています。それは、私たちクリエイターが、今後どのような世界で活動していくことになるのか、という問いでもあります。
- シナリオ1:「スプリンターネット(断片化したインターネット)」
AIによるスクレイピングへの恐怖から、多くのサイトが技術的なブロックや有料の壁(ペイウォール)を強化する未来です。ウェブはバラバラに分断され、情報が探しにくくなり、結果としてAIアシスタントも私たちユーザーも不便になる、誰も得をしない世界線です。 - シナリオ2:「ライセンス化されたウェブ」
AIによるデータアクセスが、広範なライセンス契約やデータ市場を通じて正式なものになる未来。クリエイターはコンテンツへのアクセス権を販売することで新たな収益を得られますが、交渉力を持つのは巨大なAI企業やプラットフォーム側に集中し、個人のクリエイターが不利な立場に置かれる懸念もあります。 - シナリオ3:「エージェントファーストのウェブ」
ウェブサイト側が、AIエージェントを敵ではなく、質の高いユーザーを連れてきてくれる重要なパートナーとして認識し、AIが情報を利用しやすいようにサイトを設計・最適化していく未来。AIとの共存を前提とした、最も前向きなシナリオです。
どの未来が訪れるかは、まだ誰にも分かりません。しかし、私たちクリエイターがただ傍観しているだけでは、望まない未来に流されてしまうかもしれません。この変化の時代を生き抜くために、私たちが今からできること、考えるべきことは何でしょうか。
📝 単純なブロック戦略からの脱却
AIを十把一絡げに「敵」と見なし、すべてをブロックするのは得策ではないかもしれません。明確に悪意のあるボットは技術ツールでブロックしつつ、Perplexityのような質の高いトラフィックをもたらす可能性のあるAIエージェントとは、どう付き合っていくかを考える多層的なアプローチが必要です。
📊 AIトラフィックの分析と理解
自分のサイトに、どのようなAIが、どれくらいアクセスしてきているのか。そして、そのアクセスがどのようなユーザー行動につながっているのか。Google Analyticsなどのツールに投資し、まずは現状を把握することから始めてみましょう。AIからのアクセスを特別に監視し、その価値を見極めることが、次の戦略を立てる上での第一歩になります。
📜 意思表示の明確化と防衛線の構築
「robots.txt」が絶対的な効力を持たないとしても、意思表示をしないよりはましです。さらに重要なのは、サイトの利用規約(Terms of Service)ページに、AIによるデータ収集に関する方針を具体的に記載しておくことです。「商用目的でのデータ収集を禁止する」「当社のコンテンツをAIのトレーニングに使用することを禁じる」「データ利用に関する問い合わせは指定の連絡先へ」といった具体的な文言を明記することが、将来的な交渉や万一の紛争に備える上で重要な防衛線となります。
💡 コンテンツ価値の再定義と新たな収益モデルの模索
広告収入だけに頼るモデルの脆弱性が明らかになった今こそ、自身のコンテンツが提供する本質的な価値は何かを改めて見つめ直す好機です。質の高いトラフィックを、コンサルティング、限定コンテンツの販売、オンラインコース、コミュニティ運営といった、より直接的な収益に結びつける方法を積極的に模索すべきです。また、将来的には、Cloudflareが提供するようなプラットフォームを利用して、自らのコンテンツへのアクセス権をAI企業にライセンス販売することも、新たな収益の柱として視野に入れるべきでしょう。
注目ポイント📌
🌐 未来の選択肢:ウェブは「分断」「ライセンス化」「AIとの共存」のいずれかの方向に進む可能性がある。私たちの行動がその未来を形作る一因となる。
📊 現状分析が第一歩:敵を知り、己を知る。まずは自分のサイトへのAIアクセス状況を分析し、その影響を正しく評価することが重要。
📜 意思表示と防衛策:利用規約などでAIによるコンテンツ利用のルールを明記し、自らの権利を守るための準備をしておく。
💡 価値の再発見:広告モデルへの依存から脱却し、コンテンツが持つ本質的な価値を、多様な収益モデルに転換していく視点が求められる。
まとめ:起爆装置が作動した今、クリエイターが持つべき視点

CloudflareとPerplexityの紛争は、決して一過性のゴシップではありません。これは、AIという巨大な波が、ウェブの形を根本から変化する始まりです。
この出来事は、AIとウェブに関する10年分の抽象的な議論を、現実の問題として突きつけた「起爆装置」と言えます。これまで水面下でゆっくり進んでいたウェブのルールをめぐる議論が、一気に現実的な問題になりました。
ウェブの非公式なルールや紳士協定に従っていればよかった時代は終わりました。これからは、技術的に強制・商業的に交渉される、新しい時代が始まろうとしているのです。
クリエイターは、この変化を「コンテンツを盗まれる脅威」としてだけ捉えるのではなく、「自らのコンテンツの価値を、新しい形で問い直す機会」として捉えるべきだと、私は考えています。
あなたの生み出すユニークな視点、専門的な知識、そして心を動かす表現は、AIがどれだけ進化しても、決して生み出すことのできないものです。その価値を、トラフィックの量や広告の単価だけで測る時代は、終わりを告げようとしています。
これからのクリエイターに求められるのは、新しい経済圏の中で自らの価値を証明し、正当な対価を得るための戦略です。今回の紛争は、そのための準備を開始せよ、という合図なのです。
【免責事項】
本記事で扱うAIによる情報収集、ウェブ標準、および関連する法的テーマは、技術の進歩や法整備、係争の状況によって非常に速く変化します。また、法的な解釈がまだ定まっていない部分を多く含みます。この記事は、クリエイターである筆者が自身の視点から情報を整理し、皆様と共に考えるための材料を提供することを目的として執筆したものです。そのため、掲載された情報が最新でない可能性や、あくまで一時点での解釈に過ぎない場合があることをご理解ください。本記事は法的な助言を目的としたものではなく、その内容の完全な正確性を保証するものでもありません。本記事の内容を参照したことによって生じたいかなる損害についても、当ブログでは責任を負いかねますことを、あらかじめご了承ください。最新の情報や正確な法的判断が必要な場合は、必ず一次情報源(公式発表や判例など)をご確認の上、弁護士などの専門家にご相談いただきますようお願い申し上げます。
📚 参考ソース
- Perplexity is using stealth undeclared crawlers to evade website no-crawl directives – Cloudflare Blog
- Agents or bots: making sense of AI on the open web – Perplexity AI Blog
- Perplexity vexed by Cloudflare’s claims – The Register
- Debating the Open Internet: Cloudflare vs Perplexity – Contrary Research
- Prof Nicholas Vincent explains why robots.txt is no longer enough to protect against web scraping – IT Brew
- Cloudflare – Wikipedia
- Perplexity AI – Wikipedia


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